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札幌高等裁判所 昭和53年(ネ)145号 判決

控訴人(原告)

北海道信用保証協会

右代表者

川村善作

右訴訟代理人

河合泰昌

外一名

被控訴人(被告)

上田静男

被控訴人(被告)

梶原金松

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因一の事実(控訴人の業務)は当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、請求原因二の事実(植田建材が昭和四八年一二月三月に札幌専売信用組合麻生支店(以下、単に「訴外信用組合」という)から金二〇〇万円を控訴人主張の約定で借受けたこと)、請求原因三の事実(控訴人が前同日植田建材との間で控訴人主張の保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という)を締結したこと)及び請求原因五の事実(控訴人が前同日訴外信用組合に対し植田建材の本件借受金返済債務につき保証したこと)が認められる。

二それで、請求原因(四)の事実(被控訴人らが控訴人主張の連帯保証をしたこと)の存否について検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、植田建材は昭和四七年春頃に上田秀夫によつて設立された有限会社であつて、建売住宅の建築販売と建築材料の販売を業とするものであるが、上田秀夫は、昭和四八年五月九日以降、被控訴人上田静男は同年八月九日以降、いずれも植田建材の代表取締役に就任しているものであり、被控訴人梶原金松は同年秋頃植田建材の従業員であつたこと、上田秀夫は、植田建材が訴外信用組合から本件貸付を受けるに当たり、同年一一月二八日に借入申込書をもつて借入申込をしたが、右借入申込書の申込人欄には、(有)植田建材代表取締役上田静男と記名して捺印し、その連帯保証人欄には、上田静男、梶原金松、上田秀夫と連署して各名下に捺印したが、上田静男の名下に捺印した印章は上田秀夫が被控訴人上田静男から預つていたその実印であり、梶原金松の名下に捺印した印章は、被控訴人梶原金松が植田建材の事務所の机の引出しに入れつ放しにしてあつたその実印であつたこと、上田秀夫は、右借入申込をした際に訴外信用組合から交付を受けた用紙を用いて同年一二月三月に、本人兼控訴人代行機関として控訴人の代理人でもある訴外信用組合に対し、信用組合取引約定書、保証書、約束手形、信用保証委託申込書等を差入れて、同日前判示のとおり訴外信用組合から本件貸付を受けたのであるが、上田秀夫は、右信用組合取引約定書、保証書、信用保証委託申込書のいずれにも債務者として有限会社植田建材工業代表取締役上田静男と記名して捺印し、連帯保証人として上田静男、梶原金松、上田秀夫と連署して各名下に捺印したが、上田静男、梶原金松の各名下に捺印した印章は、前述の被控訴人らの実印であり、また上田秀夫は前記約束手形の振出人として、有限会社植田建材工業代表取締役上田静男と記名して捺印し、ほかに共同振出人として上田静男、梶原金松、上田秀夫と連署して各名下に捺印したが、上田静男、梶原金松の各名下に捺印した印章は、前述のその実印であつたことがそれぞれ認められる。

前記一及び前段に認定の事実並びに〈証拠〉によれば、上田秀夫は、実際に被控訴人らから必要な代理権を与えられていたか否かの点は暫らく措き、昭和四八年一二月三日に、いわゆる署名捺印による代理の方法により、被控訴人らの代理人として、また本人として、訴外信用組合との間に、植田建材が取引約定に基づき訴外信用組合に対して負担する一切の債務につき連帯保証する旨の契約(以下、右契約のうち被控訴人らに関する部分を「訴外信用組合と被控訴人らとの間の本件連帯保証契約」という)を締結し、また、右同日控訴人の代行機関としてその代理人である訴外信用組合との間に植田建材が本件保証委託契約に基づいて控訴人に対して負担すべき一切の債務につき保証人間でも連帯して連帯保証する旨の契約(以下、右契約のうち被控訴人らに関する部分を「控訴人と被控訴人らとの間の本件連帯保証契約」という。なお、以下「訴外信用組合と被控訴人らとの間の本件連帯保証契約」及び「控訴人と被控訴人との間の本件連帯保証契約」を一括して「本件連帯保証契約」という。)を締結したものと認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  そこで、本件連帯保証契約締結の当時、被控訴人らが上田秀夫に対し本件連帯保証契約を締結するについて必要な代理権を授与していたか否かについて検討する。

1  本件連帯保証契約の締結当時、被控訴人上田静男が植田建材の代表取締役であり、上田秀夫にその実印を預けていたものであること、右の当時被控訴人梶原金松が植田建材の従業員であつたことは前認定のとおりである。

しかしながら〈証拠〉を総合すると、被控訴人上田静男はもと国鉄職員であり、昭和二七年に国鉄を退職し、その後は札幌市白石区内に在る訴外廣岡倉庫株式会社の専属的な下請として、同社から送付を受ける伝票と図面に従つて軽量鉄骨に孔をあけたり、これを切断したり、これに色を塗つたりして加工する仕事を従業員を一人も雇わずに自分ひとりで細々と営んでいるものであつて、ふだんは実印を使用するようなことはないこと、上田秀夫はかつて植田木材という商号で営業をしていたものであるが、昭和四七年春頃不渡手形を出して倒産したので、その頃新らたに有限会社の植田建材を設立し、先ず訴外上田某を代表取締役にし自分は取締役になり、その後同年五月九日には右上田某に代わつて自分が代表取締役になつたこと、しかし上田秀夫は右のような倒産の前歴があるので同人が代表取締役であつては植田建材は銀行関係の取引をすることができなかつたので実弟の被控訴人上田静男に名義上だけでよいから植田建材の代表取締役に就任してほしいと頼んだこと、これに応じて被控訴人上田静男は同年八月九日に植田建材の取締役になると共にその代表取締役に就任したこと、しかし被控訴人上田静男は植田建材の営業には全く関与せず、従つて植田建材からは取締役報酬をもらつたことは一度もなく、植田建材の代表取締役就任後も依然として前記の軽量鉄骨加工の仕事に従事し、植田建材の営業は専ら上田秀夫が主宰していたこと、被控訴人上田静男が植田建材の代表取締役に就任後は、上田秀夫は植田建材が訴外信用組合に定期預金をするにも、定期預金を見返りとして訴外信用組合から借金をするにも、植田建材の代表者としては専ら被控訴人上田静男の名義を用いたが、このことについては被控訴人上田静男に話したことがあること、しかし同被控訴人に植田建材の債務のための保証人になつてくれと言つたことは一度もなく、同被控訴人としても植田建材の債務のために個人として保証人になることなどは全く考えていなかつたこと、ところで上田秀夫は被控訴人上田静男が植田建材の取締役、代表取締役に就任したころ、同被控訴人に対し「右就任の登記をするために必要だから実印を貸してくれ」と言つて同被控訴人からその実印を借受け、右登記を了した後も「会社で使う必要があるから実印を貸しておいてくれ」と頼んで同被控訴人の実印を引き続き預かり、途中で求められて、一、二度返したことはあつたが、昭和五〇年二月二〇日頃植田建材が倒産したときまでその状態が続いていたこと、被控訴人梶原金松は長年鳶職をしていたものであるが、植田建材に雇われて昭和五〇年一月までに人夫監督として、主に建て売り住宅建築の際の水洗便所の配管関係の工事に従事していたものであるが、上田秀夫から「水道局に所要の届出をするのに衛生関係担当者の印が要るから印を貸してくれ」と頼まれたので、出勤簿に捺印するために使用していた実印を植田建材の事務所の机の引出しの中に入れつ放しにしておき、右目的のために上田秀夫がこれを自由に使用するのを容認していたこと、以上の事実が認められる。

〈証拠〉によれば、被控訴人上田静男は、被控訴人梶原金松が植田建材で働いていたときに月に二回位、午後六時ないし六時半頃に植田建材の事務所に来ていたことが認められるが、このことから直ちに同被控訴人が植田建材の代表取締役としてその経営に関与していたものとすることはできない。蓋し、午後六時ないし六時半頃といえば一日の仕事が済んだ時間であるし、それに同被控訴人と上田秀夫は兄弟であり而も、〈証拠〉によれば、被控訴人上田静男は被控訴人梶原金松が植田建材に雇われた頃の昭和四八年一〇月頃、買い求めた土地上に自宅を新築する工事を植田建材に請負わせ、昭和四九年四月二〇日に新築の新居に引越したものであり、そしてその頃右土地、建物の登記手続をすることを上田秀夫に委任したことが認められるので、被控訴人上田静男が植田建材の事務所を訪ねたのは、自宅新築等に関する私用を達するためであつたのではないかと推測する余地がゆうに存するからである。なお、前顕の各本人尋問の結果の中には、前段認定と相反する部分がいくつかあるが、当該部分はいずれも措信しない。他に前段認定の妨げになる証拠はない。

前々段に認定の事実によれば、本件連帯保証契約締結当時、仮令被控訴人上田静男が植田建材の代表取締役であり、上田秀夫にその実印を預けたいたとしても、それによつて直ちに同被控訴人が上田秀夫に本件連帯保証契約締結のための代理権を与えていたものと認めることはできない。また、植田建材の従業員であつた被控訴人梶原金松が上田秀夫に対し前々段認定のとおり限られた目的のために実印を使用するのを容認していたとしても、それによつて同被控訴人が上田秀夫に本件連帯保証契約締結のための代理権を与えたものと認め得ないことはいうまでもない。

2  〈証拠〉によれば、被控訴人らは昭和四八年一〇月ないし一一月頃上田秀夫に求められて被控訴人らの各自の印鑑登録証明書をとつてきて、これらを上田秀夫に交付し、これら印鑑登録証明書は植田建材が本件保証委託契約及び被控訴人らの連帯保証のもとに訴外信用組合から本件貸付を受けるために必要な一件書類の一部をなすものとして上田秀夫から本人兼控訴人代理人としての訴外信用組合に差し入れられたことが認められるが、上田秀夫が被控訴人らに右印鑑登録証明書をとつてもらつたときに被控訴人らに対して右印鑑登録証明書が右判示のような目的のために使用されるものであることを説明したこと或いは被控訴人らの方で右印鑑登録証明書が右判示のような目的のために使用されることを知つていたことを認めるに足りる証拠はないから、右認定のような事実があつたからといつて、これによつて直ちに被控訴人らが上田秀夫に対して本件連帯保証契約締結のための代理権を与えたものと認めることはできない。

3  〈証拠〉によると、訴外加藤春勝は訴外信用組合の職員として本件保証契約締結に関する事務を担当したものであるが、〈証拠〉中のメモの記載によれば、右加藤春勝は、昭和四八年二月二八日、即ち訴外信用組合が植田建材から本件借入の申込を受けた日の午後五時三〇分頃被控訴人梶原金松の自宅に電話して、同被控訴人が訴外信用組合の植田建材に対する本件貸付につき保証する意思があるかどうかを確め、同被控訴人本人の了解を得たように思つたことが認められる。加藤春勝作成の前記メモには「本人に了解もらう」と記載されているが、〈証拠〉に照らすと、右電話に出て前記加藤春勝と応答したのが果して被控訴人梶原金松本人であつたかについて疑問があるのみならず、仮りに右電話に出て加藤と応答をしたのが同被控訴人本人であつたとしても、前認定の同被控訴人の職業ないし植田建材との関係をも考慮すると、同被控訴人が果して加藤の電話の趣旨を十分に理解したうえで保証を了解したように言つたものかについては疑問を払拭し切れず、従つて前記メモの右記載を字義どおりに採用することはできない。従つて右認定の電話の事実だけでは被控訴人梶原金松が上田秀夫に対し本件連帯保証契約締結のための代理権を与えたものと断ずることはできない。

なお、前記証人加藤春勝は昭和四八年二月二八日に被控訴人上田静男にも保証意思確認のための電話をしたように証言するが、同被控訴人が植田建材の代表取締役であつたことからすれば、その保証意思確認のための電話を省いたのではないかと疑われないではなく、また同被控訴人に電話したとすれば、これについてなにゆえに前示のメモのようなメモが存しないのかも疑問となり、結局において前記証人の右証言はにわかに措信し難い。

4  〈証拠〉によれば、被控訴人らは昭和五〇年八月二一日に訴外信用組合から、同組合と被控訴人らとの間の本件連帯保証契約に基づく保証債務の履行を求める内容証明郵便の配達を受けたことが認められる。従つて被控訴人らは少くとも、その時点で本件連帯保証契約によつて連帯保証人とされている事実を知つたものと推認できる。しかし〈証拠〉によると、被控訴人らは、少くとも本訴の提起された昭和五一年一一月一七日以前に、上田秀夫に対して「保証人になつたことはない」と言つて同人を責めた事実のないことが認められる。この事実は、被控訴人らが上田秀夫に対して本件連帯保証契約締結のための代理権を与えた事実がないにしてはやや不自然のようにも思われるが、上田秀夫と被控訴人らの関係は前述のとおりであるほか〈証拠〉によれば、被控訴人らは訴外信用組合から前記内容証明郵便の送付を受けて後間もない頃、即ち少くとも昭和五〇年九月一七日以前に訴外信用組合及び控訴人に対して本件連帯保証契約のような保証した事実はないと言明していたことが認められるので、被控訴人らが本件訴提起前に上田秀夫に対して「保証人になつたことはない」と言つて同人を責めた事実がないからといつて、このことから直ちに被控訴人らが上田秀夫に本件連帯保証契約締結のための代理権を与えていたものとみることはできない。

5  〈証拠〉中の被控訴人ら作成名義部分に在る被控訴人ら名下の印影は、〈証拠〉に照らすとそれぞれ被控訴人らの実印によつて顕出されたものと認められるが、1で判示の事実によれば、それが被控訴人らの意思に基づいて捺印されたものとは推定し難く、〈証拠〉中の被控訴人ら作成名義の部分が真正に成立したものと認めるに足りる証拠はない。

6  訴外信用組合から植田建材に対して本件貸付のなされた後の昭和四九年四月頃に被控訴人上田静男が上田秀夫に同被控訴人所有の前記土地建物についての登記手続をなすことを委任したことは前判示のとおりであるが、かかる事実があるからといつて本件連帯保証契約締結の当時に被控訴人上田静男が上田秀夫に対して本件連帯保証契約締結のための代理権を与えていたものと言い得ないことはいうまでもない。

7  〈証拠〉によれば、本件貸付の後のことではあるが、訴外信用組合は植田建材に対して昭和四九年七月に金七〇〇万円を毎月一〇〇万円宛返済を受けるとの約で、貸付けるに当たり、被控訴人上田静男の代理人(代理権の存否は暫らく措く)としての上田秀夫との合意により同被控訴人所有の前記土地及び新築建物につき担保(債権極度額六〇〇万円の根抵当権)の設定を受けることにし、その際訴外信用組合の取扱担当者である前記加藤春勝は右土地、建物の実地見分をしたほかその登記簿謄本とか上田秀夫の所持していた登記済権利証を調査したことが認められる。

しかしながら〈証拠〉によれば、右担保設定契約は、遅くとも同年九月一四日には解除されたことが認められ、これは被控訴人上田静男が右担保設定を承諾していたにしては不可解である。上田静男が当時同被控訴人所有の土地及び新築建物の登記済権利証を所持していたことについては、上田秀夫が前記認定のとおり同被控訴人から右土地、建物についての登記手続をなすことについての依頼を受け該登記を了した後、登記所からの交付を受けた登記済権利証を同被控訴人から特に交付を求められないことを奇貨としてこれをそのまま自分が所持していたものと推認する余地もある。それで〈証拠〉中の、右担保設定の事実は本件訴訟になるまで知らなかつた旨の供述部分は必ずしも虚偽であるとは断じ難い。従つて前段認定のような事実があつたとしても、被控訴人上田静男が上田秀夫に対して、その所有の土地、建物に植田建材のための担保を設定するに必要な代理権を与えていたものと認めることはできない。

8  他に、被控訴人らが上田秀夫に対して本件連帯保証契約締結のために必要な代理権を与えたものと認めるに足りる証拠はない。

9  前顕各本人の供述及び以上判示したところを総合すると、〈証拠〉における被控訴人らの署名捺印は上田秀夫が被控訴人らから所要の代理権を与えられていないのに拘らず、ほしいまゝに被控訴人らの氏名を代署し、前認定のような事情で預つていた若しくは使用を容認されていた被控訴人らの実印をその名下に冒捺して顕出したものと認められる。なお、〈証拠〉中の被控訴人ら作成名義の部分も、上田秀夫が右と同様の方法で作成したものと認められる。

(三)  よつて少くとも、控訴人と被控訴人梶原金松との間の本件連帯保証契約は、無効のものといわなければならない。

(四) 控訴人は、仮りに被控訴人上田静男が上田秀夫に対して本件連帯保証契約締結のための代理権を与えた事実がなかつたとしても、被控訴人上田静男は、植田建材の代表取締役に就任することを応諾し、登記の申請手続など同被控訴人が植田建材の取締役に就任することに関する一切についての代理権を上田秀夫に与えたものであり、控訴人の代理人である訴外信用組合は控訴人と同被控訴人との間の本件連帯保証契約を締結した際、上田秀夫から同被控訴人の実印及び印鑑登録証明書の呈示を受け、上田秀夫が右連帯保証契約を締結するにつき被控訴人上田静男を代理する権限を有すると信ずるについて、正当な理由があつたから、同被控訴人は右連帯保証契約につき本人としての責任を負うべきであると主張する。

よつて案ずるに、被控訴人上田静男が昭和四七年八月九日に植田建材の取締役及びその代表取締役に就任することを承諾し、その頃に、以前から植田建材の代表取締役であつた上田秀夫から「右就任の登記をするために必要だから実印を貸してくれ」と言われて同人に実印を貸与したことは前判示のとおりである。右の事実によれば、被控訴人上田静男は、植田建材が有限会社法、商業登記法の定めるところに従つて右就任による取締役、代表取締役の変更の登記申請手続をなすことを上田秀夫に一任したものと認められる。しかしながら有限会社の代表取締役が取締役、代表取締役の変更登記申請手続をなすことは有限会社の機関として法定の公法上の義務を履行する行為であるから、新らたに植田建材の取締役、代表取締役に就任した被控訴人上田静男が、その以前から植田建材の代表取締役であつた上田秀夫に、右就任による取締役、代表取締役の変更登記申請手続を一任したといつて、それは植田建材の代表取締役である上田秀夫と被控訴人上田静男との間において、右の取締役、代表取締役の変更登記申請手続は上田秀夫がこれを行なうことに取り決めたというだけのものであり、それによつて被控訴人上田静男が上田秀夫に対し、上田秀夫のなす行為の法律効果が本人としての同被控訴人個人に及ぶことになるような代理権を与えたものとみる余地はない。尤も右の取締役、代表取締役の変更登記の申請をするには被控訴人上田静男が就任を承諾したことを証する書面を添付しなければならず(商業登記法第一〇一条、第八一条一項)、被控訴人上田静男が上田秀夫に右就任による取締役、代表取締役の変更の登記申請手続をなすことを一任したことの中には、上田秀夫に対し同被控訴人名義の就任承諾書を作成することを任せる趣旨も含まれていたものと認められるが、右就任承諾書を作成する行為は事実行為であつて法律行為ではないから、被控訴人上田静男が右就任承諾書の作成を上田秀夫に任せたからといつて、それによつて同被控訴人が上田秀夫に法律行為の代理権を与えたことにはならない。他に被控訴人上田静男が植田建材の取締役に就任することに関して代理権を上田秀夫に与えたと認めるに足りる証拠はない。なお、被控訴人上田静男が前記の登記がなされた後も、上田秀夫から「会社で使う必要があるから実印を貸しておいてくれ」と頼まれたため、昭和五〇年二月二〇日頃植田建材が倒産したときまで実印を上田秀夫に預けつ放しにしていたことは、前判示したところによつて明らかであるが、右の事実によれば、本件連帯保証契約が締結された当時は被控訴人上田静男は植田建材の代表取締役としての上田秀夫に対して実印を預けつ放しにしていたものというべきであるし、また会社で代表取締役に就任している者の印を使うと言つてもいろいろな場合が考えられその意味は漠然としており、更にまた上田秀夫が植田建材代表取締役としての被控訴人上田静男の職印を別に作成してこれを使用していた事実は前顕の証拠上明らかのところ、このことを当時被控訴人上田静男が知つていたと確認できる証拠はないので、被控訴人上田静男が上田秀夫に前判示のとおり実印を預けつ放しにしていたとの事実から直ちに同被控訴人が上田秀夫に対して同人のなす行為の法律効果が同被控訴人に及ぶことになるような代理権を与えたものと即断することはできない。

以上のとおりであつて、控訴人と被控訴人上田静男との間の本件連帯保証契約締結の際に、上田秀夫が被控訴人上田静男との関係で民法第一一〇条にいう「代理人」にあたつていたものと認めることはできない。なお、控訴人の代理人である訴外信用組合が右連帯保証契約締結の際に上田秀夫から被控訴人上田静男の実印の呈示を受けたことを認めるに足る証拠はない。

よつて、本項冒頭挙示の控訴人の主張は、爾余の判断をなすまでもなく失当である。

(五)  以上のとおりであるから控訴人の被控訴人上田静男との間の本件連帯保証契約も亦無効である。

三そうすると、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は爾余の判断をなすまでもなく、いずれも理由がなく棄却を免れない。〈以下、省略〉

(宮崎富哉 寺井忠 村田達生)

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